2017年06月23日

麻央さん…

日課の、ブログチェックしようとしたら、
麻央さん、麻耶さん、海老蔵さん、どのブログも
エラーになって、朝日新聞のサイト見たら
号外が出ていました…

言葉がないです。

蒔絵ちゃんの闘病中も
リルケの病気がわかってからも、
心の支えにさせていただいていました。
猫でこんなに悲しいのだから、
ご家族の皆様のお気持ちは想像を絶します。

来月は、海老蔵さんとかんげんくんとの親子宙乗り、
かんげんくんには、セリフもあって、
どんなに、見せたかったか、見たかったか…

実は、来月歌舞伎座初日のチケットがんばってとって、
とても楽しみにしていたのですが、
もちろん、行きますが、悲し過ぎます。

麻央さんのご冥福を心の底からお祈り申し上げます。
posted by RIEN at 12:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月02日

りこくんの訃報

蒔絵ちゃんのきょうだいのりこくんが、
4月25日に亡くなってしまいました。

嘔吐・脱水で入院した時点でご連絡をいただき、
当初はレントゲンを撮ったら異物誤飲ではないとのことでしたが、
その後のご報告では、異物誤飲が判明し、
開腹手術は成功したけれど、予後不良で亡くなったとのこと……。
とても残念です。

つい最近まで元気だったのに、急に具合が悪くなって…というのは
オーナーさんは、さぞ、お辛いことと思います。
まだまだ、幼いかわいい盛りですし……。
異物誤飲自体は、よくあることで、
開腹手術や内視鏡で除去したというご報告や、
バリウムを飲ませてレントゲンを撮った後、
そのバリウムで押し出された、というご報告をよくいただきます。
予後不良、というのは、運が悪かったとしか言いようがありません。

きれいなシルバータビーで、きれいなハチワレで、美男子でした。
オーナーさんご家族も、溺愛してくださっていました。
どんなに素敵なノルに成長するだろう、と私も楽しみでしたし、
オーナーさんご家族も楽しみにされていたことでしょう。

私には全然甘えない子でしたが、お引越し後は甘えん坊だったようなので、
きっと、新居での暮らしが楽しかったのでしょうね。
短かったとはいえ、幸せな猫生だったと思います。
りこくんのご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、
オーナーさんご家族の悲しみが早く癒えることをお祈り申し上げます。
(りこくんの不運ゆえの事故だと思いますので、
どうぞ、ご自分たちを責めたりなさらないでくださいね)
posted by RIEN at 19:53| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

蒔絵ちゃんが亡くなってしまいました。

大岡信さんと同じ日に、たったの9か月で
蒔絵ちゃんが虹の橋を渡ってしまいました。
FIPでした。

3月にはいったあたりから、元気・食欲がなくなり、
病院で1週間分の内服薬をいただいても症状が改善せず、
その時点で、FIPの可能性が高いと診断され、
毎日の点滴・インターフェロンとステロイドの注射がはじまった、と
ご報告をいただきました。
(この時点では、血液検査の数値などから、私も
かかりつけ病院の院長先生も、FIPではないんじゃない?と思っていました)

その後、目が緑っぽい・濁っている気がする・瞳孔が縮まない気がする、と
ご連絡いただき、私がとても心配だったのと、
オーナーさんもセカンドオピニオンを求めたいとのことで、
私のかかりつけの病院に来ていただきました。
その結果、網膜変性がおきていて、見えていないであろうこと、
レントゲンを撮ると、肺炎の子よりも肺が白い、という状態でした。
この時点で、私もFIPの可能性が高いと思いましたが、
念のため、血液の遺伝子検査をしていただき、
数日後、血液中にコロナウィルスのRNAがあるとの結果が出ました。

その時は、1日おきの通院でしたが、
1歳の息子さんを連れての通院はあまりに大変だと思ったので、
蒔絵ちゃんをうちでお預かりして、治療させていただくことにしました。
補液、注射、強制給餌なら、在宅治療できるし、
うちには酸素発生器もあるので、呼吸が苦しくなっても
入院せずに在宅治療でいけるだろうと。

オーナーさんも、蒔絵ちゃんをそばに置いておきたい気持ちがおありだったのですが、
うちにいたほうが、蒔絵ちゃんが元気になるのでは、と思ってくださって
私に、蒔絵ちゃんを託してくださいました。

お預かりして約10日め、酸素室にはいっていても
呼吸が荒くなったので、院長先生に相談したところ、
肺炎の悪化だったらできることはもうないけど、
胸水がたまっているなら、ぬいてあげたほうが楽になると思う。
胸水がたまっている状態はとても苦しいと思うので、
一時的にでも楽にしてあげたほうがいいのではないか、とのことだったので、
急いで病院に連れて行きましたが、間に合いませんでした。

苦しそうな蒔絵ちゃんを見ているのもつらかったけれど、
蒔絵ちゃんがだんだん弱っていって、
目が見えなくなってしまって、というのは
オーナーさんにとって、どんなにつらく悲しい日々だっただろう、と
思うと、本当に申し訳なく、心が痛いです。

私は、猫がどんな病気をしても、これも勉強、と思うことができますが、
オーナーさんにとっては、ただ、悲しい辛いできごとだったでしょう。
お迎えいただいてから、楽しい時期はたった1か月。
LOYDさんにキャットウォークを作っていただき、
おうちが猫カフェみたいになったのに、
一番喜びそうな蒔絵ちゃんがそこで遊べないなんて。

でも、メールのこんな言葉に救われました。
「蒔絵と過ごせた時間は短かったですが、
思い出すのは元気にしていた姿です。
ご飯が待ちきれずいつもダイニングテーブルにのってしまうこと、
よくおしゃべりしてくれるその声が、可愛くないところがかわいいこと、
私が寝るときに一緒に寝ようとずっと待っていた縁寿を差し置いて
ちゃっかり布団に潜り込んで縁寿の怒りをかっていたこと、
何もかもが愛しく、蒔絵を迎えられてよかったという気持ちに今もかわりありません。」

蒔絵ちゃんを気に入ってお迎えいただき、
かわいがってくださったオーナーさんには、本当に感謝しています。

元気だった頃の蒔絵ちゃんの写真をいただきました。

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ほんとに顔も性格もかわいい子でした。
また、うちに生まれ変わってきてくれるかな?

※実家でとっていたのが朝日新聞で、
大岡信さんの「折々の詩」がとても好きでした。
ニュース読まなくても、折々の詩と天声人語は読んでいたので、
大岡信さんの訃報も悲しかった。
posted by RIEN at 20:36| 東京 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月06日

くらくん(カラーくん)の訃報

日付が9月6日に変わってすぐ、
くらくん(カラーくん)が亡くなってしまいました。
お葬式に呼んでいただき、さきほど帰宅しました。

昨夜、通販で買ったレーザーポインターが届き、
遊び始めたところ、「カフェではあんなに好きだったのに?」と
思ったら、何度かふらついて、倒れてしまったそうです。
その時間が23時50分。その3〜4分後に帰宅された旦那様が
くらくんを抱きかかえて走って動物病院へ行き、
30分以上、蘇生を試みていただいたけれどもだめだったとのこと……。
(不整脈か心筋梗塞のようなもの、との診断だそうです。←猫ではあまりないとのこと。
8月末に風邪をひいて通院したときに、胸部のレントゲンも撮ったそうで、
心臓が肥大していたり、聴診で雑音が聞こえたりということがなかったそうなのです)
病院からお電話をいただき、今日、お寺でのお葬式に呼んでいただきました。

くらくん、にっこり笑ったようなお顔でした。
大好きなレーザーポインターが現れて、
「わ〜い♪」と走り出そうとしたときの異変だったのだと思います。

たった1歳2か月、お引越ししてたった2週間。
お引越しして2週間でいってしまうなら、なんでうちで倒れなかったの?と
思いましたが、オーナーさんは、
「うちに来てくれてよかった。うちで看取れてよかった」と
おっしゃってくださいました。

オーナーさんご夫妻は、当初、ナッツきょうだいのどの子かをご検討されていて、
何度かカフェに来ていただいたのですが、
あるとき、カフェに入ったら、
くらくんが正面にいて、にっこり笑ったような気がしたんだそうです。
その後も、スカートにもぐりこんだりして、
アピールしていたらしく、くらくんをお迎えいただくことを決めてくださいました。

くら、というお名前は、
オーナーさんのご実家が造り醤油屋さんをされていて、
お蔵があって、そこにはいつもたくさんの猫がいたという
幼少期の記憶から、なんだそうです。

カラー、くら、発音が似ていますね。
(くら、は「く」にアクセント)
くらくん、お名前決まってすぐに、名前を呼ぶと、
「ん?ぼく?」と振り向くようになりました。

ただ、お引越し後、「くら」は、「コラ!」とも似ているので
困って「くらちゃん」と呼ぶようになったとも(笑)。

お引越し後、コードなどをかじるなどイタズラすることもなく、
先住のわんにゃんたちに「シャー」いうことも一度もなく、
とってもよい子だったそうです。
ふきんをくわえて持って行っちゃうことは多々あったようですが(汗)。

カフェでも、雑巾やふきんをくわえて行ったり、
雑巾がけをすると、その雑巾にじゃれたり、と
邪魔なこともあったのですが、怒ると、
ゴツン、と頭突きしてスリスリしてくれるので
怒れなくなってしまうのでした(ずるいよね)。

2週間だけだったけれど、くらくんは、新しいお名前をもらって、
自分専用のケージやハンモックをもらって、
おもちゃでたくさん遊んでもらって、と
家族の一員にしてもらって、本当に幸せな時間を過ごしたと思います。
自分の寿命をわかっていて、一生懸命アピールしたのかもしれませんね。

甘えん坊で愛嬌があって、元気いっぱいの
本当にかわいい子でした。
スタッフやカフェのお客様方からも愛されていたと思います。
ココナッツちゃんはじめ、ちびたちからも慕われる
優しいお兄さんでした。
また生まれ変わっておいで。

オーナーさん、皆さん、くらくんをかわいがってくださって
有難うございました。

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お引越し直前のくらくん。

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お引越し直後のくらくん。
posted by RIEN at 20:21| 東京 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月08日

【追記・追写真あり】オーデルくんの訃報

広島に原爆が投下されてから71年目、
リオ・オリンピック開幕2日目に
オーデルくんの訃報が届きました。

イネスとジュリーの息子で10歳と4か月でした。
10歳になってからの4か月は、頻繁な病院通いで
オーナーさんご家族も、オーデルくんも大変だったと思います。

歩き方がおかしいということで、FIPの遺伝子検査やMRIなど
たくさんの検査をして、小脳と脳幹に炎症があることがわかったそうですが、
ステロイドくらいしか効く薬がなかったそうです。
たくさんの検査の過程で、腎不全であることも発覚し、
おうちでも点滴をしていただいていました。
何度も危ない時があって、ステロイドの注射で復活したそうですが、
この暑さ、乗り切れなかったんですね。
最後は3キロにまで体重が落ちてしまったそうです。
おーちゃんもご家族の皆様も、本当にお疲れ様でした。

そして、亡くなった日の夜、お骨になったおーちゃんが
里帰りしてくれました。
お骨でも、里帰りは嬉しかったです。
かーちゃんのイネス、子供の権五郎や蛍火に会ってもらえました。

オーナーさんご家族は、どんなにおーちゃんがかわいかったか、
闘病中も偉かったか、ということを、ずっとお話ししてくださいました。
点滴の針を刺すと、ちゃんと座って点滴が終わるまでじっとしているとか、
歩くと右側に回ってしまうようになってからも、
壁伝いに一生懸命トイレまで行って用を足すとか。
(おーちゃんはきれい好きで粗相をまったくしない子だったそうです)

イリカやヒロミを見て、「おーちゃんに似てる〜」と
なでていらしたのですが、
おーちゃんが両親に全然似てなかった謎がいま解けました。
叔母と叔父に似たのか!
今まで気づきませんでしたよ……。

オーナーさんたちは、たしか、
中野のお店を週刊新潮で紹介していただいた時、
(もちろん大橋先生のご紹介です)
その記事をご覧になって遊びにいらしたのではなかったかしら。
2006年の年末くらい?
その頃は、まだ彼氏・彼女だったおふたりが、
うちの店の常連さんになって、助六のファンになって、
助六の心臓疾患が判明した時
「短い余生を一緒に過ごしたい」と言ってくれて、
猫を飼うために、ご結婚されたのでした。
その結婚式のウェルカムボードを制作されたのがたんばさんです。
(助六も、大橋さんちのそらくんも、たんばさんちのボンくんもスーの子です)

助六にとてもなついていたので、オーデルくんも一緒にお引越しさせていただきました。
その時は、心臓疾患のある六ちゃんよりおーちゃんのほうが長生きするだろうと
思っていたのですけれど。人生も猫生もわからないですね……。

おーちゃんは、今頃、兄弟の八雲くんや
息子ニコラくんやとーちゃんのジュリーと
再会しているでしょうか。きららちゃんも異父きょうだいでしたね。
虹の橋の向こうがどんどんにぎやかになっていきますね……。

里帰りの時は、とても楽しく思い出話をさせていただきましたが、
看病疲れと喪失感がこれからどっと出てくるのでは、と思います。
この暑さですし、オーナーさん一家が体調を崩されないことをお祈りしています。
さびしくなったら、イリカとヒロミに会いにきてください。

【追記】
等々力時代に里帰り中のオーデルくんの写真がありました、と
コスモスさんが送ってくださいました。
ありがとうございます!

オーデルくん(2011-10-30).JPG

2011年10月30日だそうです。

オーデルくん(2014-04-26).JPG

2014年4月26日だそうです。

いやいや、ほんとにイリカとヒロミに似ていますね。
(オールタビーのヒロミは、ハイホワイトのイリカの婿に、と
思って来てもらったのですが、
イリカは微弱陣痛→帝王切開体質で、
この組み合わせは実現しませんでした)

おーちゃんは、去勢手術から帰ってきた日に
もうOKでしょう、と女の子部屋に放したら子作りしてくれたのでした。
(後に遺伝子検査で判明)
しかも、けっこう子孫繁栄してます(笑)。
直子は、レンくん、凛くん、メイちゃん、二コラくん、蛍火、権五郎で、
権五郎の孫までいるので、おーちゃんにはひ孫がいるのです。

そのうち、おーちゃんそっくりの子も生まれるかも!
posted by RIEN at 21:38| 東京 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月12日

蜷川幸雄さんのご冥福をお祈り申し上げます。

ニュースを見て驚き、
そして、とても悲しく悔しくなりました。
もっと観ておけばよかった。

初めて観たのは、たぶん、『グリークス』。
歌舞伎俳優の尾上菊之助さんが
お姉さまの寺嶋しのぶさんと出演されるというので
チケット争奪戦に参加したのでした。
平幹次郎さん、麻美れいさん、白石かよ子さんといった
ベテラン俳優さん方の実力とともに
演出の力というものを初めて認識し
とにかく圧倒されたことを覚えています。

10年以上前に1回見ただけなのに、
シンプルな舞台装置なのに強烈な印象を残す演出が
よみがえってきました。

『グリークス』で使われてた蓮の花が
彩の国さいたま劇場のオープニングだったかの
セレモニーで再利用されていた時には笑ったけど。
(あれ、絶対再利用だよね、ってわかる方いるかしら?)

その後、『タイタス・アンドロニカス』『オィディプス王』
『十二夜』を観て、演劇のおもしろさを教えていただきました。
(ほかにも観てるかもですが、すぐには思い出せない)

作品の魅力と俳優の魅力を、存分に引き出し、
シェイクスピアやギリシア悲劇を
日本語で日本人が演じることに違和感どころか
多大な魅力を付加させられる演出家だったと思います。

蜷川マクベス、数年前に再演したとき、
なんでチケットとらなかったんだろう。
演劇は生ものだからね、観ておかないと後悔するんだよね。
時間的経済的に無理をしてでも、劇場に足を運ばなくちゃ、と
思ったのでした。合掌。
posted by RIEN at 22:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月31日

野花ちゃんの訃報

11歳のお誕生日を目前に、
スーとヒロミの娘、野花ちゃんが亡くなったと
ご連絡をいただきました。

あごから耳にかけて、悪性の腫瘍ができてしまったそうです。
元気も食欲もある状態で、ちょっとあごに傷があると思ったら
かたいしこりがあり、病院に行っても
手術は難しいと言われたそうです。
それから1ヶ月くらいで食欲が落ち、
それから1ヶ月たたずに息をひきとったとのこと……。

顔〜頭の腫瘍は、手術が非現実的なことが多いのですよね。
リンダもそうでした。
抗がん剤が効かないケースが多いようで、
リンダも勧められませんでした。

ののちゃんも、打つ手がなかったんだろうな、と思います。
元気なのに、何かの間違いでは・・・という1ヶ月と
食欲がなくなって、何か食べてくれるものはないかと探す1ヶ月と
オーナーさんご家族はお辛かっただろうな、と思います。

昨年末からの訃報は、急変のことが多く、
突然いなくなってしまうことは、
心の準備ができなくて辛いし、
じわじわと元気や食欲がなくなっていくのを、
なす術なく見守るのも辛い。

皆さんの、辛かった記憶や喪失感が、少しずつでも薄らいで、
楽しかった日々の記憶を思い出していただける日が
早く来てくれますように、と祈るばかりです。

ののちゃんは、八ヶ岳の自然に囲まれた
素敵な木のおうちで、
ごえもん&しなもん兄弟と
オーナーさんご家族に愛されて
幸せな10年間を過ごしたと思います。

昨年、ののちゃんちの近所まで行って
時間がなくなってしまったことが残念ですが、
10年前の、白樺林、ログハウス、そして若い3にゃんの様子は
今でも覚えています。
お転婆さんでしたが、とてもかわいい三毛ちゃんでした。

野花ちゃんのご冥福とともに、
オーナーさんの看病疲れや悲しみが癒える日が早くくること、
ごえもんくん&しなもんくんが元気に長生きしてくれることも
心よりお祈りしております。

posted by RIEN at 22:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月04日

オードリーちゃんの訃報

2004年生まれ、アリスとテオの娘の
オードリーちゃんが今日早朝に息をひきとったと
ご連絡をいただきました。11歳でした。

年とともに腎機能が少しずつ衰えてきたとのことで
定期的に血液検査や尿検査はしていたそうですが、
1月30日にいつもと様子が違うということで病院に行き、
皮下補液で帰宅、翌日になってもよくならないので
1泊の予定で入院したところ、
エコーで腎臓結石、尿管結石があることがわかり、
腎臓から膀胱に尿が行かず、水腎症になっていることがわかったそうです。
尿管を広げる薬を使い、石が膀胱に落ちることを期待する、
という治療しか打つ手がなかったそうです。

予定通り1泊の入院の後、退院し、
ご家族が順番に仕事を休んで看病にあたる体制を作ってくださって
獣医さんも休診日に2回往診してくださったそうです。
皆さんが出来る限り手を尽くしてくださいましたが
今日の早朝、亡くなってしまったそうです。

最初にご連絡いただいてから、私も
石が膀胱に落ちることを一生懸命祈りましたし、
ご家族の皆さんは私以上に必死に祈ったことと思いますが、
祈りが届くことはなく……。

1月29日まではとても元気だったそうです。
石ができたのが膀胱だったら、
石が尿管から膀胱に落ちてくれたら、溶かせたかもしれないのに。
石さえなければ、まだまだ長生きできたでしょうに。
運が悪かったとしか言えず、残念でなりません。

アリスとテオのいいとこどりの
きれいなかわいい子でした。

オードリーちゃんのご冥福を心からお祈りするとともに
今まで大切にお世話してくださったご家族の皆様に
心から感謝を申し上げます。本当に有難うございました。
posted by RIEN at 18:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月21日

ボンくんの訃報

毎月カレンダーを作ってくださっている、たんばさんから
昨日、スー&レオの子・ボンくんが
亡くなったとご連絡をいただきました。
12歳7ヶ月でした。

何年か前から心筋症で薬を飲んでいたそうですが、
血栓が後肢にとんで入院、
一度溶けたけど再発、
さらに腎臓にも血栓がとんで……とのことでした。
入院中でしたが、たんばさんとお母様が
お見舞いに来るのを待って息をひきとったそうです。

昨日、どうしても眠くて15時過ぎに1時間ほど昼寝を
したのですが、その時にボンくんの夢を見ました。
ツイッターで状況を知っていたからだと思いますが、
死んじゃダメ!と言って目が覚めて、
開店準備をして、メールチェックしたら
訃報が届いていました。

血栓、一度溶けて、歩けるようになった時点で
大丈夫、退院できるね、と思ったので
とても残念です……。

でも、屋上で小鳥や虫をハンティングしたり、
バラの香りをかいだりと、
楽しい猫生だったのではないでしょうか。
ゴキちゃん含め、ナイスハンターだったようなので、
仕事のできる優秀な猫だったんですよね。

毎晩、専用の枕に頭を乗せ、
たんばさんの隣で、一緒にふとんをかぶって寝ていたそうです。
ご家族の皆様からも大切にかわいがっていただき、
幸せだったと思います。

今頃は、天国で東風くんと再会しているでしょうか。

ボンくんのご冥福をお祈りしつつ、
たんばさんたちご家族の皆様に、
心からの感謝を申し上げます。
posted by RIEN at 20:08| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする